【テキスト講義第13回】悟りについてマズローの欲求段階説とパナシーア瞑想の欲求段階説

苦しみは欲求と執着から生まれるというお話をしてきました。では、欲求というのはどういうものなのか、ここでもう少し詳しく見ていきましょう。欲求攻略の鍵は、欲求のことをよく理解することです!

欲求の内容 マズローの欲求段階説とパナシーア瞑想の欲求段階説

ここまで、欲求(執着)がどのように生まれるかということを見てきましたが、今度は、欲求の内容を見ていきたいと思います。少し込み入った話になりますが、苦しみの原因は私たちの「欲求」にある以上、瞑想を学ぶ上で欲求についての理解は欠かせないものになります。
まずは有名なマズローの欲求段階説の図をご覧ください。

自己実現欲求 ⇒ 自分がなりたい理想の実現
承認・称賛欲求⇒ 人から認められたい
所属・愛情欲求⇒ 自分の居場所を見つけたい
安全・安定欲求⇒ 恐怖や不安を取り除きたい
生理的欲求  ⇒ 生きるために必要な欲求を満たしたい

この欲求段階説は最終的に自己実現へと向かっていくことになりますが、ただ、この「自己実現」が最終目的地かというと疑問が残ります。少し長くなりますが、こんな話がありますので引用します。

「みなさんは、今日の精神療法医の実際を一瞥されると、驚きになることでしょう。みなさんがそこで目にされる患者の中で、本当に境遇的に境地に置かれているという人はほとんどいません。彼らは餓死することはありませんし、凍え死にすることもありません。彼らには耐え忍ぶべき非常な労苦というものがひとつもありませんし、概して仕事で無理をする必要も決してないのです。それどころか、多くの患者は健康でありながら、その自分達の健康を喜びもせず、財産が十分にありながら、そのことに気づきもせず、ありとあらゆる責務から開放されていながら、そのことにいささかも思いを致すことはないのです。このように患者たちは、現実的な困窮や本当の苦境もないのに神経症に陥っているのです。(中略)他方では、貧しい人や困窮している人、難民や故郷のない人、社会扶助受給者、大家族と空腹の子供達を抱えた工場労働者や外国人労働者、あまりにも粗末な家に住み、生きるために最も必要なものすら子供たちに与えることがほとんどできない人、こうした人々が今日もなお変わらずに存在しています。けれども、彼らは心理的には至って健康なのです」

引用:V・E・フランクル「意味による癒し」

これを読んでおわかりの通り、自己実現に至るまでの4段階の全ての欲求を満たし、かつ、自分の理想を追うのに何不自由のない人たち、もっというなら、すでに自己実現をしてしまった人たちがなぜか、精神科の患者に多いというのです。一体なぜでしょうか。結論から言ってしまえば、その原因は「自分に目を向けすぎている」ということなのです。つまり、心の問題解決を目指していくのなら、自己実現を目標にしてもダメだということです。では、どうしたらよいのでしょうか。その答えが、次の図になります。

マズローの欲求段階説との最大の違いは、自己実現の上に「自己超越」という概念を持ってきているところです。自己超越というのは簡単に言えば、自分のことを忘れ、一心に誰かのために生きられる状態です。その状態になれば、自分の悩みはもはや消滅し、この段階になると、自分の欲求はさらに大きくなり、自分の欲求が他人の欲求を叶えるレベルになります。そうすると、今までは自分の欲求によって求めていたものが、人の求めに応える形に変わり、欲求の達成が義務へと変わり、その生き方は「使命」へと昇華していきます。この自己超越こそが目指すべき瞑想的な目的です。

この自己超越というのは、2つの欲求の段階に支えられています。一つは人間の根本的な欲求である「承認・称賛欲求」「所属・愛情欲求」「安全・安定欲求」「生理的欲求」の欲求段階ですが、これをまとめて「生存本能」の段階と位置付けます。二つ目の段階は自己実現を含む概念「自尊心」の段階です。生存本能は興味関心から成り立ちます。例えば、生まれてまもない赤ちゃんであっても、動くものには興味を示します。これは、人間が元から持っている根本的な欲求と言えます。また、それらが全て満たされると、私たちの関心は自分自身に向き、「自分以外の誰か」に憧れ(共感)を抱きます。子供が成長するにしたがって、ヒーローやアイドルと自分を重ねていくのがよい例です。この段階(自己実現)は人によってはかなり長く続きます。

心の不調は欲求が達成されないことによって起こる

人の悩み苦しみというのは全て、これらの欲求のどれか、あるいは複数が達成されないことによって起こります。そして、どの段階の欲求が達成されないかによって、問題解決のアプローチ方法が変わってきます。

・「生存本能」の段階で起こる欲求達成の失敗

「生存本能」の段階で起こる欲求達成の失敗は、トラウマや広い意味での性格的な問題などです。精神科や心療内科を受診する人は基本的にこの段階で問題が発生しています。
※精神科や心療内科を受診する人の中には、脳の器質的な問題の方も含まれます。

・「自尊心」の段階で起こる欲求達成の失敗

「自尊心」の段階で起こる欲求達成の失敗は、一般的な悩み相談の分類で、スピリチュアルカウンセリングに訪れるような方たちです。

・欲求の達成状況による状態

続いて、欲求の達成状態による心の状態を見ていきたいと思います。使命感というのは次元の違う欲求ですので、それは置いておきます。ここでは、「生存本能」と「自尊心」の2つの段階の達成状況を見てみたいと思います。これらはそれぞれ独立して考えられるので、どちらが達成されていてどちらが達成されていない、あるいは、どちらも達成されていない(達成されている)ということが起こります。

①理想的な状態
生存本能〇   
自尊心 〇
②幸せを感じられない
生存本能〇
自尊心 ×
③やがて不調になる
生存本能×
自尊心 〇
④悪い状態
生存本能×
自尊心 ×

※〇は満たされていることを示し、×は満たされていないことを示します。
※生存本能が満たされているというのはここでは、経済的な意味で生活は安定していると理解してください。また、自尊心が満たされているというのは生きがいがある状態だと簡単に理解してください。

以下簡単に説明していきます。

《 ①理想的な状態 》

生きがいを持ち理想的な人生を生きられている状態
生存本能も自尊心も満たされている。ここからは自己超越を目指していくことでより人生の充実度を深めていける。

《 ②幸せを感じられない 》

人生にやりがいや充実感を感じない。一般的な悩みの段階。
生存本能は満たされているが自尊心が満たされていない状態。例えば、子育てを頑張っているのに、旦那や姑が全く認めてくれない状況など。

《 ③やがて不調になる 》

過去の経験や育ちの中に問題があり、心の中で解決できていないが、表面的には克服し社会生活を営んでいる。
自尊心は満たされているが、生存本能は満たされていない状態。少し理解しがたいかもしれないが、社会的には評価されていて、自分でもそのことは理解できていても、過去の経験(トラウマなど)によって不安や恐怖心が常に付きまとっている状態など。

《 ④悪い状態 》

過去の経験や育ちの中に問題がある。
生存本能も自尊心も満たされていない状態。過去のある時から心が止まった状態など。

実際の問題を考える時には、それぞれの段階をさらに詳しく見ていくことになりますが、現段階ではまず、問題がどの段階で起きているのかを理解していきます。そうすることによって、問題に対して適切なアプローチがとれるようになり、解決の方法を的確に見つけていくことができます。

◇ 反動形成 ― 欲求の強さはどのように決まっていくか

ここまで、欲求を達成されないことが苦しみの原因になるということを見てきましたが、それでは、欲求の強さ自体はどのように決まっていくのでしょうか。それは「反動形成」というキーワードによって説明できます。

・反動形成とは

反動形成とは、ある刺激に対して反対の反応を示すことを言います。例えば、親が子供になんでもしてあげると、子供はなにもしない大人に育ちます。親が子供に対して底抜けに明るいと、子供はクールな大人に育ちます。もちろん、様々な条件があるので、必ずしもそうなるということではありませんが、反動形成というのはそのように、受けた刺激に対して反対の反応を示すことを言います。以下では、欲求の達成状態別に考察していきます。

◇ 欲求の達成状態別の解説

《 達成できると欲求は大きくなっていく(大きな欲求) 》

欲求を達成し続けていくと、欲求はどんどん大きく限りなくなっていきます。これがなぜ反動形成かというと、本来であれば、欲求を達成すればするだけ満足感を得てもいいはずなのに、欲求を達成すればするだけ満足感が薄れて欲求が大きくなっていくからです。この段階では傲慢さが増すなど、対人関係でのトラブルが増えがちになります。

《 未達成の状態が続くと欲求は大きくなっていく(大きな欲求) 》

また、未達成の状態が続くことによっても欲求は大きくなっていきます。この段階では、抑圧された欲求が犯罪行為へとつながる場合があります。

《 失敗に終わると欲求は小さくなっていく 》

欲求の達成に失敗すると、欲求は小さくなっていきます。一言でいえば妥協です。この段階では、自己肯定感の低下に気をつけなければなりません。

《 常に達成されないと欲求は失われる 》

欲求が常に達成されないと、欲求は失われます。この段階が長期間続くと、無気力や無関心といった性格が築かれます。

《 常に満たされていると、欲求は不満へと変化する 》

常に欲求が満たされていると、欲求を感じることがなくなり、不足感は怒りや不平不満へと変わっていきます。この段階のように与えられ続けると、自分で考え行動することができなくなります。

コラム:
ある実験で、チョコレートのことを好きに語らせる女性グループと、チョコレートのことを考えるなと指示された女性グループでは、その後、両者のグループの全員が、自由にチョコレートを食べられる状況に置かれた際に、チョコレートのことを考えるなと指示されたグループの人達のほうが2倍近くも多くのチョコレートを食べたそうです。つまり、抑圧されると欲求は大きくなるということです。
参考:ケニー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』317頁

◇ 欲求とどう付き合っていくのが一番良いのか

では、結局、欲求とはどのように付き合っていけばよいのでしょうか。そえは、「欲求を適切に消化していく」ことです。欲求を適切に消化するとは、自分の欲求を誰かの供給(欲求)とマッチさせることなのです。なので、与えられて欲求を満たすというような状態は健全ではありません。理想的なのは、自分の欲求を自覚し、それを誰かの供給と交換できることです。例えば、自分のことはなんでも自分でやりたい女性がいたとします。そのような場合は、自分のことはなんでも自分でやって欲しい男性と付き合うなどのような状態です。他の例では、人に教えるのが好きな人であれば、好奇心が旺盛で学ぶことが好きな人と一緒にいるのが理想的です。そのように、まずは自分の欲求を自覚して、その上で、自分の欲求を交換できる誰かがいることが理想です。これは物に対する欲求についても同じことが言えます。単純な例を挙げますと、物欲が強くてものが欲しい人であれば給料の良い仕事を選び、自由な時間を欲する人であれば、極力労働時間の少ない仕事を選びます。そのように、物事であっても、自分の欲求とマッチさせる選択をしていきます。
それはつまり、極論すれば、どんな場所で生き、誰と生きるかという話しなのです。だからこそ、自分の生きる場所、自分の隣に置く人を妥協なく選んでいくことが人生では大切なのです。

コラム:
欲求は意識でコントロールしようとすると別な皮肉な形で現れるようになります。例えば、不眠症の人が寝なければと思うほど目が覚めてしまったり、ダイエットしようと思うほど、頭の中は美味しそうなパンケーキの想像でいっぱいになってしまったり、好きな人に良いところを見せようと思うほどに、嫌われるようなことを口走ってしまったりします。また、考えないようにしようと思えば思うほど、そのことばかりで頭がいっぱいになってしまうことがあります。ダニエル・ウェグナーというハーバード大学の心理学教授はこれを「皮肉なリバウンド効果」と呼びました。私たちは、意識して望むことと、無意識の欲求とをしっかりと理解して、無意識の欲求を上手くコントロールしていくことが大切です。では、どのようにコントロールすればよいのでしょうか。ウェグナーはその解決法を「あきらめること」だといいます。つまり、好ましくない考えや感情をコントロールしようとするのを止めることだといいます。そうすることで、そういった考えや感情に振り回されなくなるといいます。
参考:ケニー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』312頁
瞑想は思考のコントロールをやめて、一切のあるがままに任せていきます。それは結局、心を好ましい方向にコントロールする一番の方法と言えるようです。

まとめ&ワーク

今回はちょっと長くなってしまいましたが最後まで読めましたか?

私たちが人生をかけてやろうとしていること、それは幸せになるということですよね。それって言ってみれば「苦しみを避ける」ことでもあるわけです。だから、そもそもなぜ、私たちは苦しむのかを知っておかないといけませんよね。

例えば私たちって、子供の頃は、「大人になったらもっと色々できる」と思って早く大人になりたいと思いますが、大人になってみると、「もっと若ければ」と思ったりするわけです。それって、どんなことにも必ず言えます。もっとお金があればと思っていても、実際そのお金を手に入れてみたら、まだまだ全然足りなく感じて、「もっともっとお金があれば」と思うようになります。

今日のお話の中で取り上げたフランクルの話しがありますが、自分の心の構造に気づかないと、なにを手に入れても、いつになっても私たちは苦しみから逃れられないのですよね。

ということで、少し難しい話だと思いますが、分からないことは質問をしっかりとして、学んでいきましょうね!🐸

ワーク

あなたはどの段階?

まずは、マズローの欲求段階説(三角形の図)をみて、自分が今、なにを求めているのかを考えてみましょう。

生理的な欲求というのは、こうしてこのHPをスマホやパソコンで見ている方は概ね満たしているでしょう。

ただ、経済的な安定が弱い方は、生理的な欲求の部分でと止まっているかもしれません。
会社や家庭などでパワハラやDVを受けているような人は、安全・安定欲求が働いているかもしれません。孤独の寂しさを感じてパートナーを求めている方は所属・愛情の欲求かもしれませんね。生活は概ね上手く行っていて経済的には安定していても、旦那さんや義理の両親が自分のことを認めてくれないなどあれば、承認・称賛の欲求が満たされていないかもしれません。

皆さんの現在の欲求はどれにあたりますか?
もちろん、欲求は複雑に絡み合っていますから、ひとつということではなく、自分の中の色々な欲求を感じてみてくださいね。


ワークの提出※瞑想教室生徒さん用

ワークは下記フォームから提出していただけます。
基本的に、ワークの添削は瞑想教室の生徒さんに限らせていただきますが、どなたでも本ワークをご提出いただきます。

本ワークを提出いただくと、ご自身のメールアドレスに入力内容が自動返信されます。そちらで日々の瞑想の取り組みを記録していただければと思います。また、添削はしなくても、すべてのワークには目を通させていただいておりますので、ワークのご提出を頂いていれば、こちらで学習状況を把握して、必要に応じてアドバイスさせて頂くこともあります。

ぜひ、本ワークもご活用していただき、ご自分の学習のモチベーションアップにつなげて頂ければと思います。

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