【テキスト講義第11回】問題解決に向けて~心の反応

前回は、私たちの苦しみは執着によって起こるというお話をしました。そして、その執着は五感に、「意識」という働きを加えて、6つの感覚器官が心地よいものを求めることによって起こるのだというところまでお話しました。今回は、私たちの6つの感覚器官がどのように苦しみを生み出すのかを見ていきます。

私たちがなにかを「好き」だと思ったり「嫌い」だと思ったり、怒ったり喜んだりするのはすべて、6つの感覚器官と対象が接触するからです。つまり、なにか出来事が起こり、それを見たり聞いたりするから心が反応するのです。

心の反応の第一段階

感覚器官と対象が接触しただけではまだなにも起こりません。例えば、赤ちゃんが初めて蛇を見た時はどうでしょう。それがなんだかわからなくて怖がることもないはずです。

心の反応の第二段階

感覚器官と対象が接触した後、それが何であるのかを「認識」します。この認識は「過去の記憶」と照らし合わせた比較によって行われます。今は「境目がなければ認識することができない」とだけ覚えておいてください。
※「過去の記憶」には「知識」も含まれます。

心の反応の第三段階

認識から感覚はほぼ同時に起こりますが、それぞれ違う作用です。対象を認識することによって、「怖い」「嬉しい」「楽しい」「悲しい」などの感覚が生じます。身体的なものでいえば、「痛み」「かゆみ」「気持ちよさ」などの感覚です。
※ただし、身体的なものの場合、子供の頃に習ったように脊髄反射といって認識より先に行動が起こることがありますが、それは執着の起こりとは関係ないので特筆しません。(脊髄反射とは、熱いやかんを触ったときに、「あちっ」と一瞬で手を放す反応のことです)

心の反応の第四段階

認識から感覚が生じ、感覚から「想い」が生じます。このときはじめて、好き嫌いといった想いが生まれます。この「想い」は感覚に対して反射的に行われるものですが、こちらも別々の作用です。

心の反応の第五段階

想いから「意志」が生じます。好きだという想いから「会いに行く」「好きになってもらう努力をする」などの意志が生じ、嫌いだという想いから「会わない」「決別する」などの意志が生じます。

心の反応の第六段階

「意志」から「渇愛(執着)」が生まれます。例えば、「会いたい」という意志から「ずっと会っていたい」という渇愛が生まれ、「会いたくない」という意志から「絶対に顔も見たくない」という渇愛が生まれます。

心の反応段階の解説

上記のような流れで私たちの心の反応は起こります。

それではもし、私たちが悩み苦しみという問題を解決したいと思った場合、なにを(どの段階を)変えれば良いのでしょうか。

例えば、別れた恋人に執着している人に執着をやめさせようと思っても、やめさせることはできません。しかし、もし、別れた恋人に対してこんな風に認識が変えられたらどうでしょうか?

「あなたの恋人あなたと付き合っていた時もずっと別な恋人がいたんだよ」

そんな風に言われたら、その恋人に対する執着を断ち切るのは容易なはずです。(もちろん怒りという別な執着に変わる可能性はありますが、ここでは話を単純化しています)。また、絶対にダイエットするという強い意志を持っている人がいたらどうでしょうか。その人にダイエットをやめさせることは難しいはずです。しかし、こんな風に認識が変えられたらどうでしょうか。

「最新の科学が明かす!肥満体型が長寿の秘訣だった!」

あるいは、
「あなたの好きな人、あなたの今の体形がすごい好きだって言っていたよ。痩せている人嫌いなんだって」

そんな風に言われたら、ダイエットをやめさせることができるかもしれません。

では、想いはどうでしょうか。例えば、あなたの友人が誰かのことを嫌いだったとします。その人を好きになってくれと頼んだらどうでしょうか。きっと、話には乗ってくれないはずです。しかし、「あなたの嫌いなあの人さ、あなたの事いつも褒めているから、きっとあなたの事好きなんだね」、そんな風に言ってみたらどうでしょうか。きっと、その友人の「嫌い」という「想い」を打ち砕けるはずです。

ここで挙げたのは単純な例ですので、実際にはそう簡単に行くことばかりではないと思います。しかし、ここで知ってもらいたいのは、「執着」や「意志」や「想い」自体を変えようと思っても失敗するということです。
本当に変えるべきなのは「認識」なのです。この「認識」から感覚が生まれ、感覚から執着や嫌悪が生まれてきます。つまり、認識から生まれる感覚への反応を止めることが、渇望や嫌悪といった苦しみの元を消滅させる方法なのです。これこそが瞑想の「智慧」なのです。

そして、この智慧は最終的に物事に一切の評価(比較)をしないというところに行き着きます。なぜなら、この認識というのは比較することとイコールだからです。例えば、みかんとリンゴが違うと知る(認識する)ためには、なにがどう違うのかを評価(比較)しなければなりません。色を比べたり、形を比べたり、大きさを比べたりすることで、みかんとリンゴを見分けていきます。でももし、世界が赤一色だとしたら、色で区別することはできなくなります。もし、世界に一つしか形がなければ形で区別することはできなくなります。もし、世界に一つしか大きさがなければ、大きさで区別することはできなくなります。それはなぜでしょうか。それは、比較する対象がないからです。

これはあらゆることに言えます。私たちが幸せを感じるのは、不幸を知っているからですし、楽しさを感じるのは退屈を知っているからです。そのように、私たちはなにかと比べるからこそ、「認識」を生み出すことができます。つまり、苦しみはなにかに執着することから生まれ、執着は意志から生まれ、意志は想いから生まれ、想いは認識から生まれ、認識は評価(比較)することであり、接触から生まれます。つまり、接触は避けられないので、その次の認識を消していくことが、苦しみの根本を消滅させることになるのです。瞑想というのは苦しみを取り除く方法ですが、その本質はこの評価(認識)を止めることなのです。

そうはいっても、そんなことができるのかと思う方もいると思いますが、それができるからこそ、二千五百年以上もの間「瞑想」というトレーニングが行われてきているのです。

≪一歩先へ≫

「感覚に反応しない」ということがヴィパッサナー瞑想で言われますが、それは、身体的な感覚やすでに生じている心的な感覚に反応しないということです。認識を止めるというのは最上級の智恵であり、感覚に反応しないというのは意識のコントロールについての話しです。実際にはどちらも並行して行っていくことになります。

補足①:

感覚は五感が刺激を受けたときから始まりますが、脳科学的に見ると、五感が受けた刺激を処理する流れには2つあると言われます。簡単に言えば、「早い」反応と「遅い」反応です。五感から入った情報は偏桃体へ送られて処理されます。この時、緊急なものとそうでないものに分けられます。
緊急なものであると判断した場合、恐怖の処理に関わる偏桃体は即座に全力で機能します。例えば、道を歩いていて蛇にあった時などは一瞬で逃げる体勢に入りますが、そのような時です。もう一方の緊急でないと判断された時は、一度大脳皮質に情報が送られ、詳しくチェックされます。例えば、遠くのほうでなにか長いものがあるのを見つけたとき、「あれはヘビかな」と思い、情報を処理してからヘビだと認識するような時です。
また、この緊急性を要する恐怖というのは、人間の原始的な本能に由来しています。なので、ヘビや高い場所などへの恐怖は多くの人が反射的に感じるように成長していきます。

※ただし、原始的な恐怖心を引き起こすには最初の小さな「きっかけ」が必要になります。例えば、誰かがヘビを見て怖がる顔をしたとします。それを見た子供も同じようにヘビを怖がるようになります。逆に、例えば、誰かがウサギのぬいぐるみを見て怖がる顔をしたとします。しかし、それを子どもが見ていたとしても、ウサギのぬいぐるみを怖がるようになることはほとんどありません。そのように、原始的な恐怖心は、小さなきっかけで作動するようになります。ただし、この原始的な恐怖心であっても乗り越えることは可能だと言われています。
※原始的な恐怖のほうが乗り超えるのは難しくなります。

補足②:

ここは大切なところなので、もう一点補足しておきます。心理学や神経科学の中では、「感情が肉体的な感覚から生じる」というのが一般的な考え方です。これは単純に言えば、怖いから心拍数が上がるのではなくて、心拍数が上がるから怖いと認識するということです。要するに、身体反応があって感情が生まれてくるということです。ここで大切なことは、身体反応そのものが「感情」ではないということです。つまり、私たちは、身体的な反応を、過去の経験を通して脳で認識して処理することによって、「感情」が生まれるということです。一つ恐怖心という感情を取り上げると、例えば、ヘビを見た瞬間、身体には恐怖反応が起こります。しかし、それだけでは恐怖心にはなりません。そこで脳が「今自分は恐怖反応をしている。これは怖いことなんだ!怖がらなきゃ」という指令を出します。そして、恐怖「心」という感情に変わっていきます。この、刺激と感情の移り変わりの間にこそ、私たちが感情を選択できる余地があるのです。
これをヴィクトール・フランクルは「刺激と反応の間のスペース」と呼びました。

※テキストを全て読み終えたらまたこの記述を読み返して頂きたいと思いますが、この「スペース」こそが、「認知」なのです。

まとめ&ワーク

今回は私たちの感覚器官と心の反応段階を見てきました。少し難しい話ですが、分からなくても投げ出さずに、頭の片隅にこの話を置いておいてください。そうすればきっと、本テキストを先に進めたときにポンッと気づける日がくるはずです。

ワーク

毎日の生活の中で、心の反応を観察しよう!

自分の心が喜怒哀楽という何かしらの反応を起こした時、
今日の反応段階を思い出してみよう!

例えば、誰かの言葉を聞いた時、
心が傷ついたり嬉しくなったら、
心がどのように反応したのか
観察してみてください。

目で見ること、
舌で味わうこと
鼻で嗅ぐこと
肌で感じること
記憶の中で思い出すこと

すべてにおいて
自分の心を観察してみてくださいね。

少なくとも
20回は大小さまざまな出来事と
心の反応を観察していきましょう。

ワークの提出※瞑想教室生徒さん用

ワークは下記フォームから提出していただけます。
基本的に、ワークの添削は瞑想教室の生徒さんに限らせていただきますが、どなたでも本ワークをご提出いただきます。

本ワークを提出いただくと、ご自身のメールアドレスに入力内容が自動返信されます。そちらで日々の瞑想の取り組みを記録していただければと思います。また、添削はしなくても、すべてのワークには目を通させていただいておりますので、ワークのご提出を頂いていれば、こちらで学習状況を把握して、必要に応じてアドバイスさせて頂くこともあります。

ぜひ、本ワークもご活用していただき、ご自分の学習のモチベーションアップにつなげて頂ければと思います。

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