パナシーア瞑想代表のご挨拶

初めまして。パナシーア瞑想代表の恒純と申します。
HPをご覧くださりありがとうございます。

私は若い頃から心の問題に向き合い、様々な瞑想を学んできました。スピリチュア的な瞑想から坐禅やヨガの瞑想などを学ぶ中で、瞑想の持つ強力な効果を実感して参りました。

しかし、瞑想というイメージがスピリチュアル的だったり、宗教っぽかったりととっつきにくいものがあり、これだけ力のある瞑想に興味を示さない人がいるのも確かです。

そこで、そういったスピリチュアルや宗教色を排除して、純粋に科学的、心理的な効果だけを求めたのがパナシーア瞑想です。

ただ、マインドフルネスなどもそうですが、現在の瞑想のもともとが、お釈迦様をルーツにするものである以上、そういった話に触れることはありますが、それは科学的に、あるいは倫理道徳規範的に今の時代にも必要だと思われるものだけを取り上げています。

人生を変えるほど強力な瞑想を正しく行うのはとても難しい事なのですが、パナシーア瞑想では聞くだけで人生に変化を起こせるガイダンスを中心に利用しながら瞑想を指導しています。

きっとここでならどこよりも早く望む成果を得られるはずです。

一緒に瞑想を学べることを心から楽しみにしています。

瞑想の勧め

私は仕事柄相談を受けることが多いのですが、
いつも思うことがあります。

それは、
「最後には瞑想しかないんじゃないかな…」
ということです。

結局、この人生の問題というのは心の問題なのです。

例えば、
「いや、私の問題は心の問題ではなく体の問題です。この病気を何とかしたいのです」

と言ったとしても、
結局人間は必ずいつかは病み、老いて
死んでいくわけです。

それはただ早いか遅いかの問題だけであって、
避けることはできません。

そうであればどうでしょう、
もし体の問題なのであれば、
私たちの人生の後半は
幸せになることはできないでしょう。

しかし、どのような病気になったとしても、
幸せに生きられる人はいます。

他人が見たら地獄のような状態でも
心の底から幸せを感じている人がいます。

また別な例もあります。

「私の場合は、心の問題ではなくて、対人関係でうまくいかないことが問題だ」

という人もいます。

友人関係、家族関係、夫婦関係、親子関係、
そこには様々な問題があります。

しかしこれもどうでしょうか、
そもそもなぜ、
そのような苦しみ、
問題が生まれたのでしょうか。

ある人はどのような状況でも
良い人間関係を築き、
ある人は、どのような状況でも
人間関係が悪くなってしまう

そういうことは現実にあります。

その違いは何でしょうか。

それはやはり、
心の問題に他なりません。

ある心理学の研究では、
対人関係で一番大切なことは
「心の内側の平穏さ」である
という結果が出たのでそうです。

これは私からすれば嬉しい発見です。

話し方や見た目や、
立場や立ち居振る舞いなどではなく、
「心の内側の平穏さ」が
対人関係では一番重要だというのです。

この心の内側の平穏さがあれば、
人と素晴らしい対人関係が築けるというのです。

対人関係であっても結局のところ、
自分の心の問題なのです。

この心こそが、
私たちの人生を幸せにも不幸にもする
最大の要因です。

では、私たちはその心の問題と、
どのように向き合っているのでしょうか?

どこで、正しい心の問題との向き合い方を
教えてもらったのでしょうか?

どこで、心のコントロールの方法を、
心を訓練する方法を教えてもらえたのでしょうか?

それは多くの場合、
親か学校の先生か、
あるいは身近な大人なわけですが、

その人たち自身を見ても結局は、
自分たちの人生問題に悩み、
心がコントロールできず
その大小はあれど苦しんでいるわけです。

それは例えるなら、
溺れている人に泳ぎを習うことに他なりません。

瞑想というのは、
心をコントロールしきった人から教わる技術です。

それは私が教えるということではなく
心をコントロールしきった先人が
残してくれたスキルだということです。

私たち瞑想指導者は、
それを純粋な形で皆様に伝えています。

ですから私たち自身がまず誰よりも、
瞑想の修行者であり続けなければなりません。

そして、瞑想を教えさせていただく方というのは、
生徒ではなく、本質的には同志です。

瞑想は本当に人生を豊かにしてくれます。

どうぞ一緒に、
先人からのその恩恵を受け取りましょう。

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