パナシーア瞑想

瞑想の成り立ちから瞑想の「弱点」が見えてくる

今回は瞑想の成り立ちから瞑想の弱点を見ていきます。瞑想の弱点を知り、そこを補うことで、自分を変えるためにさらに効果的な瞑想ができるようになります。

 

 

瞑想の成り立ち

現代の瞑想のルーツは様々にありますが、一つの大きなルーツは仏教のお釈迦様です。お釈迦様が教えた瞑想法が、今私達が触れる瞑想の多くを占めています。例えば、ヴィパッサナー瞑想やマインドフルネス、禅といったものはもともとお釈迦様がルーツです。

※瞑想自体はお釈迦様の前からありました。

では、お釈迦様はなぜ瞑想を人々に教えたのでしょうか。

 

お釈迦様が瞑想を通して教えたかったことは2つだけです。

それは「苦しみの正体(原因)」「苦しみを消滅させる方法」です。

つまり、お釈迦様をルーツとする瞑想は、

この二つの問題しか取り扱っていません。

実はここに瞑想の持つ弱点があります。

 

瞑想の弱点

瞑想というのは簡単に言ってしまえば、心の苦しみを乗り越えることが目的です。

それは生存本能をも乗り越えられるほど強力なものです。しかしながら、もし、「心頭滅却すれば火もまた涼し」という境地を手に入れたとしても、自分だけはこの世の中の苦しみは逃れられるかもしれませんが、はたしてそれで良いのでしょうか。

確かに昔であればよかったかもしれません。それは、出家という職業が最上級の階級であり、その最上級の階級の中で求められる素質がその境地だったので、ただひたすらに心身のコントロール法を身につけ、生存本能すら乗り越える自己コントロール能力を身につければよかったかもしれません。そうすれば、社会的にも認められ、衣食住に困ることはありませんでした。しかし、価値観が多様化し、職業も生活スタイルも無数にある現代ではどうでしょうか。

税金の取り立ても裁判所からの督促状も無視して平静でいられる精神力を手に入れたら確かに本人は幸せかもしれません。しかし、瞑想は、自己コントロール法を通して「調和」的な生き方をしていくことでもあります。そうすると、心が平穏であれば良いというわけでは必ずしもないはずです。

瞑想の本質的な弱点というのもここにあります。

瞑想をして精神的なコントロールができたり、能力を向上させたりすることができれば、確かに現実の問題解決に役に立つかもしれません。しかし、直接的にはコロナ禍で落ち込んだお店の売り上げは上がりませんし、それだけでは学校の成績は良くなりません。瞑想だけしていても料理は上手くならないし、車の運転も上手くはなりません。

※ただ、メンタルに左右されるゴルフのようなスポーツであれば、瞑想が直接的に効果を出すこともあります。

心をいくらコントロールできるようになっても、現代社会の多様な生き方、価値観の中では、瞑想だけではどうしても克服できない部分があります。それが、それぞれの専門的な分野の能力開発の部分、つまり、「創造的な部分に弱い」という点です。伝統的な瞑想にはそういう弱点があります。

 

この弱点を補うために瞑想は様々な技法を生み出してきました。

 

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